ぶらっちぇ的風景
2005-06-02T23:48:29+09:00
muraom
へっぽこびおら奏きの呑気が出る四季の食卓と音楽の風景
Excite Blog
梅雨の前に
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2005-06-02T23:34:41+09:00
2005-06-02T23:48:29+09:00
2005-06-02T23:36:26+09:00
muraom
みちくさ
湿気が多くなってくると、普段感じていなかったにおいに気づかされて、ちょっと驚くことがある。駅に向かう階段の両側はかなり草ぼうぼうの藪なのだが、今朝そこを降りているとき、木と草々と土のにおいの入り混じったなんともいえないにおい、青々とした草いきれとはまた違う、もっと濃厚で雑然としたむっとするにおいに、そういえば小さいころこれと同じような・・・と家の隣にあった空き地の記憶が突然蘇った。
こんなときは必ず雨になる。
降り出してしまうと、においはごちゃごちゃになり、どれがどのにおいともつかず、ただ、雨のにおいになる。
今朝は、朝起きてすぐに野鳥の声を聞いた。あれはたぶんキビダキだろうと思う。まだほの暗い静けさのなか、ほんの三、四声響き渡るのを聞いただけなのに、なんて気分がすっきりするのだろう。まるで身体の何かが呼び覚まされたみたいな清々しさは職場でも一日続き、何時間も経っている今になっても、その声は耳に残っているし、身体にも感覚が残っている。
そういえば去年の夏、ヒグラシを聞いたときもそうだった。あれは夕刻だったけれど。
蘇る記憶がここにも。
実山椒を買って帰りました。湯通しして冷凍しておき、煮魚などに少しずつ使います。]]>
青梅
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2005-06-01T22:50:25+09:00
2005-06-01T23:05:01+09:00
2005-06-01T22:50:09+09:00
muraom
みちくさ
というのも、梅仕事は梅雨の間の楽しみであるばかりでなく、夏を迎える準備でもあるからだ。面倒ではあるけれど、この仕事のおかげで、何とはなく、夏を迎える区切りがついていたのかもしれない。大掃除のように、季節を肌で感じ、心身ともにモードを切り替える、節目の作業なのだ。(そういえば大掃除からもう半年にもなる!)
節目の仕事や行事、今年はそのうちいくつ出来るだろうか。
梅漬けは、やはり今年は見送ろう。来年こそは漬けられるように、その余裕ができるようにと願いつつ、今は自分を充実させるべく励むことにする。無理は禁物。でも残念。]]>
そっと
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2005-05-31T22:57:45+09:00
2005-06-01T07:26:04+09:00
2005-05-31T22:58:01+09:00
muraom
みちくさ
しかし同時に、もしどこかに暮らして、郷里の土を踏みたいと望んでおられるのなら、誰にも何にも煩わされることなく、どうかそっとその願いが叶うように、とも思う。
報道の自由やら知る権利やら難しいことは知らない、自分がされて嫌なことを、ひとがされるのは見たくない。]]>
慣れ
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2005-05-30T22:49:37+09:00
2005-05-30T22:50:53+09:00
2005-05-30T22:49:52+09:00
muraom
みちくさ
最初はつらかった。「起きそこなったら大変」と思っているから、気が休まらない。何度も目が覚めてしまう。気が張っているからなんとか日中しのいでいるようなものの、三日も続くとやはり持たない。
ところがうまくしたもので、そのころになると身体が慣れて来るのか、夜ぐっすり寝て、朝ちゃんと起きられるようになる。まことに習慣とは有難いものだ。
きのうのテレビの話も、見ない習慣ができているのだろうと思う。「見る習慣」というものが存在するのと同じように、「見ない習慣」というものがあって何の不思議もない。
ことはテレビに限らず、食べ物、着る物にせよ洗面や入浴にせよ、生活というものは何によらず習慣に支配されている部分が大きい。それだからこそ、毎日を当たり前のように過ごしていけるのだろう。何でもいちいち考えなくては出来なかったら、何もかもオオゴトになってしまう。
しかしだからこそ、逆に、ときには自分の習慣を眺めてみるのもいいのではないかと思う。それは自分の暮らしを眺め直すことにもなるだろう。当たり前のようにしていることが、ほんとうに当たり前のことなのか、そういうことを考えてみるのは決して無駄にはならないはずだと思う。
流れていってしまう日々の生活の、ほんのささやかな模様替えをする。習慣を変えるのは大変だけれど、三日もあれば大抵のことはだいじょうぶ。あるいは、考えた末まったく何も変わらなかったしても、それで、なんとなく納得して気分よく暮らしていけるような気がします。何より元手要らずです。]]>
踊る阿呆に見る阿呆
http://muraom.exblog.jp/2833925/
2005-05-30T00:48:59+09:00
2005-05-30T13:04:00+09:00
2005-05-30T00:49:14+09:00
muraom
みちくさ
それで今まで何の不都合もなかったので何とも思っていなかったせいか、ついこの前、「どうして見ないの?」と不思議がられたとき咄嗟に返答につまってしまった。
考えてみると、余暇の過ごし方として、「テレビを見る/見ない」を選ぶのは例えば「プロ野球を見る/見ない」とは違っており、むしろ「クラシック音楽を聴く/聴かない」というのと似ているのかもしれない。むろん、クラシック音楽の場合は聴く方が不思議がられるわけで、つまりは多数/少数ということ、テレビを見ないのは少数側なので珍しがられた、と推測したまではいいけれど、そうだ、見ないのはなぜだろうとあらためて考える。
今は忙しくて論外としても、以前もっと時間のあるときも見ていなかったのはおそらく、結局「他にすることがあったから」に尽きるように思う。していたのは主に、PCの勉強、ブログ、絵を描くこと、びおらの練習、裁縫、読書等。自分はどうやら何かをしたり作ったりしているのが好きらしい。今日もテレビはまったく見ないまま、このブログを書いている。
実際、音楽もただ聴いているのも好きだけれどびおらを奏いている方がもっと好きだ。自分が伝えたいものがあって、そのためにいろいろ工夫したり練習を重ねたりするのは、ひとの披露を傍観させてもらうのとはまったく別種で、ひときわ面白く楽しいことだと思う。
ひょっとしたらそういうひとはたくさんいるのかもしれない、と思う。だって、「同じ阿呆なら踊らにゃ損」と言うではないか。
昨今「試聴者参加型双方向番組」なんていうのがあるのも、そこを狙ってのことに違いない。でも、あれは、参加といっても実際は、マジックショーか何かで選ばれた観客がトランプを一枚ひかせてもらうのと同じで、サクラみたいなものだから、工夫の余地なんか無くて、逆に、番組の出来が思ったようではないものなら、片棒担いだようでひどく具合が悪そうだなぁ、などとこれは余計なお世話でした。(笑)]]>
少し落ち着いたので
http://muraom.exblog.jp/2831082/
2005-05-29T20:14:33+09:00
2005-05-29T21:11:24+09:00
2005-05-29T20:14:47+09:00
muraom
未分類
ブログについては、自分としては細々とでも出来るだけ続けていきたい、それにはどうしたらいいか、いろいろ考えました。
まず、ブログを書くためにPCを起こす、そのついでに知っているところに寄らせてもらうことはするけれど、そこからブログサーフィンするのは止める。
それから、ブログを書くのは、書きたいことがあるときに止め、「ブログを続けるために書く」ことはしない。
この二つを守れば、限られた時間でも続けていけそうです。
びおらの歩みがあまりに遅く、それだけではブログの内容が乏しくなりそうなので、それ以外のことが記事になって来ると思います。
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さっぱり
http://muraom.exblog.jp/2734062/
2005-05-15T22:26:13+09:00
2005-05-15T22:29:31+09:00
2005-05-15T22:26:04+09:00
muraom
びおらのおと
出来は一言で言って「サッパリ」だった気がします。実力相応、と書いてしまうと何やら捨て鉢のようにも聞こえますけれど、練習のとき、「こういうふうになったらまずいなぁ」と思っていたことがすべて出てしまいました。(「すべてを出し切りました」って、普通はすごく良い意味なのだけど。)
自分なりに次回の課題と思ったのは、どんな場合でも遅くとも演奏の1時間前には到着していることと、テンポを守って奏く、の二つ。
ウォームアップ無しで奏いたのははじめてで、奏いていてとにかくしんどかったです。そしてテンポ。いつも独りで奏いているので、実際、練習のときから一番気がかりだったのですが、やっぱり不安的中。もっともっと注意を払っておかなくてはなりませんでした。
先生に指導してもらうのもいいのですけれど、自分で身にしみて分るというのはまた別格です。忘れたくてもなかなか忘れませんから。そういう意味ではほんとうに有難い勉強をさせてもらった一日でした。
それでその日は良かったのですが、土日の片方をすっかり遊んでしまったので、あくる日の日曜日はまた違った大変な日になったのでした。実際、用事が山ほどあって、どこから手をつけたらいいんだろう・・・と朝ついぼーっとしていたら牛乳瓶を割ってしまい、朝ごはんもそこそこに後片付け。自業自得とはいえ、ぐすん。
そのあとは、洗濯、掃除(トイレと外回りも)、靴みがき、草むしり、それから手洗いでなくてはいけないものを洗い、よれよれになったパンジーを抜いて(半年以上も咲き続けてくれてご苦労さん)、回収に回す段ボールを束ね、本箱の整理(なかなか本が捨てられない。さぞすっきりするでしょうに。)その間も、にわか雨が降ったりするので洗濯物を入れたり出したり、電話三回に宅配二回(平日いないので土日に多し)。どたばたどたばたしていたら、あれっもうびおら奏く時間が無いや。。。(泣)
ちょっと追いまくられ気味だったけれど、良い週末でした。
びおらは明日必ず奏きます。]]>
本番まであと・・・
http://muraom.exblog.jp/2678417/
2005-05-08T00:09:57+09:00
2005-05-08T00:10:50+09:00
2005-05-08T00:10:02+09:00
muraom
びおらのおと
と思っていたのに、掃除・・・やら、寒いなぁ・・・やらで、
結局一日だらだらと過ごしてしまいました。
猛省。
それでも、奏くことはいくらか奏いたのだけれど、スピッカートが。。。
一音一音、きれいに、粒をそろえて、
しかもリズムを守って正確に奏くのって難しいです。
モーツァルトのヴィオラパートは、こういう刻みが多い。だから
この機会によくさらっておけば、先々きっと役に立つ、と思います。
明日また奏いてみよう。]]>
Lesson op.50
http://muraom.exblog.jp/2663578/
2005-05-05T23:13:31+09:00
2005-05-05T23:14:36+09:00
2005-05-05T23:13:36+09:00
muraom
びおらのおと
勤め始めてから、毎日の練習時間は格段に少なくなり、ときには一日二日空いてしまうこともありましたから、出来がとても心配でした。それだけに、「だいじょうぶ。ヘタになっていないですよ♪」と言ってもらえて、とにかく安心しました。
続けていてもそう易々と上達するものではないのに、止めると途端に落ちて行くばかり。ヴィオラに限らず、大抵のものはそうなのかもしれないけれど。ふと、そういえばシジフォスがしていたことと似ているかもしれん、と思いました。ただ、彼のそれは罰だったのに比べ、こちらは嬉々としてやっているのだから世話は無いなぁ。
「30分ずつでもいいから、できるだけ毎日、ね」と励ましてくださった先生。頑張ります。できるだけ。(泣)
今日は、サルタートのレッスンの一環として、右手の中指と親指だけ使って奏くというのをしました。二本の指だけでちゃんと鳴らさなくてはいけないのですが、これがなかなかつらい。腕の上側の筋肉がつりそうになります。その後弓を小指で押し出したり支えたりの練習。これもけっこう大変。普段手や腕はよく使っているようで(右利きです)実は案外使えていないところがたくさんあるんだなぁと実感しました。
それから、14日に奏くかもしれない「アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク」を。
あまりにも有名なこの曲のケッヘル番号は525。意外に思えるくらい後期の作品で、「ドン・ジョヴァンニ」と同時期にあたります。父レオポルドが体調を崩し、また経済的な悩みもあって、モーツァルトの生活に影が宿りはじめたころ。でもこの音楽はそんなことを微塵も感じさせず、自由で伸びやかで楽しげです。
でもそれは、そういうふうに奏いてこその話で。
最初の2小節をみっちり教えてもらいました。弓の使いどころ、力の入れ方、抜き方、弓の返し方、などなど。それから中間を少し。そしておしまいをびしっと。
つくづく、楽譜通りに奏かなくてはいけないのだけど、楽譜通りに奏くだけでは音楽にならないのだなぁと。そして、最初と最後が肝心ということも。
ともあれ、あとは練習あるのみです。]]>
Lesson op.49
http://muraom.exblog.jp/2422957/
2005-04-03T15:07:40+09:00
2005-04-03T16:11:14+09:00
2005-04-03T15:08:22+09:00
muraom
びおらのおと
まずKayser#19。「シンコペーションをもっと明瞭に」という注意のみでOKをもらいました。この後継続してサルタート、さらにスピッカートで奏くようにと言われ、サルタートの奏き方の練習を。これが難しかったです。余分なところに力が入っているとまるきりうまく行かない。相当練習を積む必要がありそうです。
次にKayser#18。これはもう音程がくわくわ。でも、音程については普段先生はそれほど時間を割きません。ちょっと一緒に奏いて、もう一度さらっと奏くくらい。おそらく音程は自分で何とかするべきもので・・・ほんとうはレッスンまでに何とかしておくべきものなのだろうな。(汗)
この曲は後ろ1/3の転調したところの音程と重音。ここが決め所なので丁寧に何度も見ていただき、さらに最後の箇所も含めて重音の奏き方を教えてもらいました。単音よりもっと弾き出しがカンジンなので、それには弓を一旦完全に弦の上に置き、そこから弾きはじめるのがポイント。それから、三重・四重音の前と後ろの音が離れないように、そしてよく鳴らすこと。左手は素早く、軽く・・・うぅ、むずいぃ。でも重音が決まると、体操の着地が決まったように爽快なのは間違いないので・・・コケるとほんとうにコケてしまう。曲そのものが・・・何度もさらうのみです。
あと、「高い音では特に弓を充分に使うように」さらに「三連符をいつも意識して(二拍子や四拍子に聞こえないように)」という指示で、この曲も一応あがり。(大負けのおまけ?!)
宿題は#14、#15、#22の三曲。ということで、次の課題はトリルです。
最後に、今度第九にチャレンジするかもということで、2、3ヶ所奏き方を教えていただきました。前のチャイコフスキーのときほどビックリされなかったところを見ると、そこそこ技量があがったせいか、ベートーヴェンだからか、それとも呆れられただけかしら・・・そこは聞き漏らしました。]]>
積み重ねて・・・
http://muraom.exblog.jp/2421953/
2005-04-03T11:35:48+09:00
2005-04-04T22:56:43+09:00
2005-04-03T11:36:30+09:00
muraom
びおらのおと
奏いているとへっぽこなりにすごく楽しくて、
(自分のアラがわかってないからかも。へっぽこって幸せ。)
今までなんだかあっという間でした。
石の上にも三年といいます。
仕事があるので必ず毎日というのは大変だろうけれど、
少しずつでも奏いていきたいです。
◇思ったこと (断片的に)
確立されたヴァイオリンのメトード、というのはまだ無いのです。
(ヴィオラはなおさら・・・)
クロイツェルのエチュードも注釈したひとによって指使いはばらばら。
だから逆に、これでなくちゃいけない、というのも無いわけ。
良い音、良い演奏ができればなんでもあり、みたいな・・・
楽器の演奏はある程度はメカニカルな問題のはずなのだけれど
自分のものなのに自分の身体のことがぜんぜん分ってない
思い通りに動かすのは実はたいそう難しいことなのだ、と知りました。
言葉は・・・そういうことを伝えるようには出来てないようで・・・適確な言葉を見つけること、それを聞いて理解すること・・・とてももどかしい思いです。
それでも、先生の注意を思い出し思い出し、ありったけの想像力や集中力をかき集めて
出来たらそれはそれはうれしくて
翌日になったらまた出来なくて
そんなことの繰り返しです。
:: 続けてこられたことに感謝 ::
今思うと、ピアノを弾くのはオペレーションに似ていました。
何かのシステムを操作している気分・・・。(の程度のレベルだったということですが)
そして、システムの管理はまた別なひと(調律師)がするのです。
ヴィオラは仕組みはごく単純だし、メンテナンスも基本的には自分でするし、
何より楽器と自分が密着していて、
それでこちらの方が楽器に合わせなくてはいけないところがあって
それはそれで大変なのだけれど、
全部ひっくるめて自分の一部みたいな気がして、
それがたいそう気に入っています。]]>
びおらだけが知っている
http://muraom.exblog.jp/2370547/
2005-03-27T23:02:39+09:00
2005-03-28T00:11:30+09:00
2005-03-27T23:03:13+09:00
muraom
びおらのおと
びおらの音が違っていました。。
どこがいけないんだろう。
構えとか右手の角度とかいろいろチェックしながらゆっくりスケール奏いていたら、
すこぉし良くなった・・・つもり。(笑)
疲れているのさ、と楽器が言ったかもしれません。
早く休んで明日また奏いてごらん。
思えばいろいろなことをびおらと話してきたような。。]]>
音楽話(かなぁこれでも)
http://muraom.exblog.jp/2322608/
2005-03-21T22:51:44+09:00
2005-03-21T23:18:28+09:00
2005-03-21T22:52:12+09:00
muraom
びおらのおと
その中身のほうは追々書かせてもらうとして、
とにかく話が面白くて楽しくて、時の経つのを忘れるほどでした。
一番面白かったのは、女性指揮者のこと。
なぜ女性の指揮者は少ないのか、というマジメな話もあったのですけれど、
そもそも最初の店のウエイトレスが完全なアニメ声で、軽く驚いたついでに
「ああいうキャラ声で指揮されたらどない?」という話になって。
「そこはもっとフォルテッシモでね♪」 (しずかちゃんの声で)
「いや、アリでしょ」という意見でしたが
どんなもんかなぁ実際は。]]>
宝物がまたひとつ
http://muraom.exblog.jp/2293253/
2005-03-18T01:19:10+09:00
2005-03-18T18:58:05+09:00
2005-03-18T01:19:34+09:00
muraom
びおらのおと
大事に持ち帰っていそいそと楽器を出し、調弦もそこそこに奏き出したら・・・
あぁしあわせ。
Kayserも嫌いじゃないけど、これほどの有名な曲、CDにもなっている曲を自分で奏くっていうのはやっぱり感激格別です。
へっぽこだけど・・・指も回らないし、音もいまいちだけど、それだから、もっとうまく奏けるようになりたいから、頑張れそうです。
12/8拍子の第三楽章は朗らかな弾むようなリズムで、二梃のヴィオラが軽くスキップしながらじゃれあっているような雰囲気で大好きな曲。一番とっつきやすいかなと思ってこの楽章からはじめたのですが現状はとりあえずこんな感じ。
田舎のおばさんのダンスです。。。(汗)
あっ、正確には違いました。
へっぽこは自分ひとりなので、
おばさんはひとりですね。(笑)]]>
寝る子は・・・
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2005-03-13T17:30:19+09:00
2005-03-13T20:17:08+09:00
2005-03-13T17:30:23+09:00
muraom
あれこれ
授業中に、ですが。
まともに起きていられるのは朝の一限目と空きっ腹の四限目くらい、
深夜放送には縁が無かったし、
他に何をしていたわけでもなかったのに、
あとの時間はもうひたすら眠くて眠くて。
両親はご存知あるはずもなく、
(高い授業料払って、寝に行かせているとは)
本人もぜんぜん不審に思わず。
(周りもみんな眠かった)
女子中・高生時代、真っ先に思い出すのがこのこと・・・
花も恥らう乙女のころの、
大半を寝て過ごしてしまったんだなぁ
と、今ようやく気付いたのでした。(笑)]]>
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